“自分の欲望に素直でいること”|会社を辞めたい自分に響いた、登山家・冒険家 植村直己さんの言葉

本・雑誌

植村直己さんの『青春を山に賭けて』を読みました!

非常に有名な方なので知っている人も多いかと思いますが(私は最近知ったよ)、
植村直己さんは日本を代表する冒険家・登山家で、世界で初めて
・五大陸最高峰登頂
・北極圏犬ぞり単独行
・アマゾン川いかだ下り

など数々の冒険を成し遂げた方です。(1984年2月に北米マッキンリーに冬季単独登頂の後、消息を絶たれています)

本書は、アルピニスト野口健さんの人生を変えるきっかけとなった本としても有名。
私はもともと野口健さんのインタビューや著書を通じて、
植村直己さんの存在を知りました!

読んで思い出したのはトム・ソーヤーの冒険

本を読んで思い出したのは、あの「トム・ソーヤーの冒険」🍎

同じ冒険好きというところと、
あとは「少年っぽい純真さ」が、植村さんとトム・ソーヤーで共通してる感じがしました。

本を書いた当時の植村さんは29歳。
年齢としては立派な大人ですが、どこか少年のようなまっすぐさを感じました。

純粋さや、自分の欲望に素直であること。
そして、新しいことへ飛び込む挑戦心

そういった姿勢が、多くの人を惹きつける理由のひとつなんだろうなぁ。

自分の欲望に素直でいる、ということ 

この「自分の欲望に素直でいる」というのが、
大人になって社会で働くようになると、なかなかむずかしい (*´・ω・)(・ω・`*)ネー

会社や組織で働くと、
自分の

やりたい(゚∀゚)キタコレ!!

やりたくない( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

とは関係なく、「全体としての最適解」で選択していく必要がある。

だから、「自分の気持ち」や「感情」に基づいて行動する、
ということができないことも多いですよね。


たしかに会社、組織で働くうえで良いことは、いっぱいある!

たとえば、

・個人ではできないことができる(例えば大型予算、設備を投入してのプロジェクト)

・個人では会えない人と会える(例えば取引先の人、会社の社長や上席の人)

・定期的に人に会うことで社会的な繋がりができる

・チームで協力してプロジェクトに取り組み、やりがいを得られる

・様々な考え方を持った人が集まるので、多面的な考え方や対人スキルが身につく

・社内で得意、詳しい人に直接相談できる

・安定した収入が得られる

・病気をしたときの傷病手当など 何かあったときに守ってくれる ・・・などなど


わたしも会社で働くことに魅力を感じてきたし、

いまも魅力を感じているところは多々あります。(ほんとに!)

会社で働くことがキツくなってきた

でも、自分の気持ちに沿って行動できない、
ということが最近急に耐えられなく、
つらく感じるようになったきた┌(_Д_┌ )┐
ブリッジ

いままでは、
たとえ自分の気持ちに反していても、それを飲み込んでうまく立ち回れるのが“大人”なんだと思っていた節がありました。

でも、例えば植村直己さんのように、
自分のやりたいことに真っ直ぐで、素直に取り組んでいる大人もいることを知って、

「あれ? そっちの道もあるの?」(゚д゚)

と気づいた。

大人になっても、
「やろう」と思って始めたのに、「やっぱりやりたくなかった」ってことは普通にある。

会社では、自分の行動の結果が、100%自分の責任として返ってくるわけではない、
ということも、もどかしい。
良い結果も悪い結果も含めて。
自分とは別の要因で、せっかく頑張ったことが十分に力を発揮できないこともある。

チームで働くこと自体は好き。
でも最近は、もう少しダイレクトに、「自分の努力」と「結果」が結びつく感覚を持ちながら働きたい、と思うようになってきました。

(でも、自由であることも、きっとそれはそれで苦しい部分はあるんだろうなとも思う。
今は「もっと自由に、自分のやりたいことに素直に生きたい!」という気持ちが強くなっているけど、実際に自由になったあと、
「やっぱり会社ってありがたかったな~~!!」
って思う可能性は十分にある)

本の中身は過酷な登山記なのになぜか癒された

自分自身が最近、会社や組織で働くことに少し疲弊感を感じているからなのか、
植村さんの本は不思議と読んでいて癒される感覚がありました。

登山や冒険の内容そのものはかなり過酷。
普通に考えたら、“癒し”とは真逆の世界のはずなのに、

自分のやりたいことに素直に、全力で向き合っている植村さんの姿を見ていると、
どこか心が軽くなる感じがしました。

 (人´∀`).☆.。.:*・゚・゚*



確かに、「純粋さ」には人を癒す力がある気がする。

子犬や、生まれたばかりの赤ちゃん、子どもたちは、
お腹が空けば泣くし、楽しいと笑うし、嫌なことがあれば怒る。

自分の感情を、そのままストレートに表現してる。

大人になるにつれて、空気を読んだり、感情を抑えたり、「こうあるべき」を優先する場面が増えていく。

だからこそ、そんなふうに素直に感情を表している存在を見ると、
どこか安心したり、癒されたりするのかもしれない。


植村さんの本には、そんな“癒し”のようなものを感じました。

だから最近は、平日に会社から帰ってきて、
お風呂を沸かしている10分くらいの、自分の“すきま自由時間”に、この本を開くことが増えました。

へとへとで気力がない日でも、不思議と読みたくなる。
過酷な冒険の話なのに、読んでいると少しホットするような感覚があるんです。

響いた言葉 ー “経験は技術である”

本書を読んで、いちばんぐっときた言葉は、
本の最後の方に出てきた、

ー ”経験は技術である”

という植村さんの言葉。

アルプスの中でも特に難しいといわれるらしい
「冬期の北壁」の登攀(とうはん:山や岩壁などをよじ登ること)を終え、
生きて帰ってきた当時29歳の植村さんが、書いている文章の中にあった言葉です。

「こうして五大陸の最高峰を自分の足で踏み、さらにアルプスの中でも特にむずかしい冬期の北壁の登攀に成功したいま、私の夢は夢を呼び起こし、無限に広がる。過去のできごとに満足して、それに浸ることは現在の私にはできない。困難のすえにやりぬいたひとつ、ひとつは、確かに、ついきのうのできごとのように忘れることのできない思い出であり、私の生涯の糧である。しかし、いままでやってきたすべてを土台にして、さらに新しいことをやってみたいのだ。若い時代は二度とやってこない。現在(一九七一年)、私は二十九歳、思考と行動が一致して動くのはここ一、二年だろう。経験は技術である。いまが私にとって、いちばん脂がのり、自分で何かができる時期である。」(植村直己氏『青春を山に賭けて』より)


私の固定観念の中では、「技術」という言葉にはどこか真面目で堅いイメージがあった。

“良い仕事に就くために勉強して、努力や苦労を重ねて身につけるもの”

そんな感覚で、「経験」という言葉とは別ジャンルのものとして捉えていた。
(でもよく考えたら、経験を積み重ねたものが技術になっていくんだけど)

だから、「経験は技術である」という植村さんの言葉を読んだとき、
“経験そのものが技術”というニュアンスでは、
今まであまり捉えられていなかったことに気づきました。

いまの自分自身は会社員として働くことに、閉塞感や焦燥感を感じている。
もっと、自分が本当にやりたいことをやって、「経験」を血肉にしていきたい気持ちが強くなってる。

でも同時に、
「そんな自由奔放に生きて、“技術”なんて身につくのかな?」
「やっぱり会社にいたほうが、ビジネス上のスキルや技術は得られるんじゃないか?」

とも思ってました。

だけど、植村さんの言葉を通して、

経験そのものが目的であり、経験そのものが技術になっていく。

ということに気づいた。

もちろん、仕事を得るためや、何かをうまくこなすために努力して身につけたスキルは役に立つ。
でも、そういった“補填的”な技術は、これから生成AIに置き換わっていく部分もあるかもしれない。

一方で、自分が本当にやりたいことの中で得た経験は、誰にも代替できない
それは自分自身の記憶や感覚として残っていくもの。

自分が見た景色。
感じた怖さ。
夢中になった時間。
悩んだこと。
失敗したこと。

経験は、他の誰にも奪えない。

だからこそ、
「自分が何に時間を使うか」
「何を経験するか」

をどう選択するか

いうことが、すごく大事なんだなぁ……と思った、

というお話でした。
^^

コメント

タイトルとURLをコピーしました